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49ers通信 早慶レガッタを応援して来ました(2019年4月14日)

2019早慶レガッタ88回1

49ersメンバーの皆さん
いよいよ春ですね。
恒例の第88回早慶レガッタの応援に行って来ました。
今年の早慶レガッタは、参戦者3名(見田、尾崎、大倉)と、我が49ersとしては若干寂しい感がありましたが、ご案内の通り、何とか早稲田辛勝で一同溜飲を下げた次第です。スタート以降は スクリーンモニターでの観戦でしたので、以下の写真位しかございませんが…。中央稲門会殿ご提供の証拠写真と併せて、ご高覧下さい。尚、レース終了後、上記三名で、尾崎幹事の帰朝報告会、及び皐月賞評定会を兼ね、浅草橋の蕎麦屋で気勢を挙げた次第です。
幹事長 大倉裕之
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49ers通信 花見の会(2019年3月29日)

49ersメンバーの皆さん
お花見のまっさかりの季節になりましたが、皆さんはもう行かれましたか?
2019年3月29日49ers花見会

2019年3月29日の早稲田界隈は花冷えの天候でしたが、今年の読みはあたり見事な開花状況でした。

昨晩は、神山副会長以下(杉林、加藤、斎藤、山崎、山崎直子、北村佳子、喜多村、大倉)9名で、夕方5時より、折からの寒の戻りに震えながら、恒例の江戸川橋公園夜桜見物。その後、夜の大学キャンパス散策後、上海亭にて酒宴と相成りました。席上、参加者全員の近況報告、質問コーナーで談論風発、8時に無事散会と相成りました。
幹事 大倉裕幸、尾形守章

49ers通信 いよいよ花見です(2019年3月29日(金)17:00〜)

49ersメンバーの皆さん
ご無沙汰お赦しください。
新年の挨拶もせずにもう春になってしまいました。
箱根駅伝応援会も祝勝会も顔色の冴えないもので、お伝えもせず失礼しました。

気を取り直して恒例の49ers花見会を開催します。
下の写真をご覧ください。去年は花は名残も無い花見会になってしまいました。
今年は少し早めに3月中に実施しますが、どうなりますか。
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 2016年4月1日        2018年4月2日

日時場所:3月29日(金)午後5時より例年の会場である神田川沿い「江戸川公園」
集合場所:地下鉄 有楽町線 『江戸川橋駅』池袋寄り改札口
     その後、午後6時頃より”団子の会” 於「上海亭」を予定
締め切り: 3月25日(月)
参加されるメンバーはこのページの最後の「コメントの投稿」を使ってお申し込みください。(非公開コメントに☑️を入れる)
念の為、卒年・学部・氏名 連絡先電話番号を記入してください。
幹事長 大倉裕幸 

49ers通信 第4回地理歴史散策の会「横浜」開催(2018年11月28日)

49ersメンバーの皆さん
第4回地理歴史散策会(横浜港湾地区)を実施しました。
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体力、食欲、好奇心旺盛な 49ers地歴散策の会として選んだのは近代日本が開国した、歴史の窓口みなと横浜です。

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<ペリー来航>
嘉永7年1月16日(1854年2月13日)アメリカ海軍提督マシュー・ペリーが6隻(追って翌月3隻が到着)の黒船を率いて来航。当時の横浜村は、賑わう東海道筋や神奈川宿・神奈川湊から離れ、80軒ほどの漁師小屋が建ち並ぶ半農半漁の寒村だったそうです。
鎖国の日本に開港を迫った西洋人達に、なるべく辺鄙な場所を当てがう幕府の作戦で、諸外国は抗議しました。
それでも、両替商三井の開業などとともに横浜は賑やかに栄えて、租界には絶頂期には5000人の外国人が、港、税関、そして港崎遊郭(みよざきゆうかく)と広がって行きます。

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安政年間(1854〜)、砂浜に2本の突堤を作って横浜港発祥の地となった最初の埠頭、米、英、蘭、仏領事館、外人居留地、中華街の原型、そして現在の横浜スタジアムのある横浜公園には港崎遊郭が生まれます。遊郭は慶應2年(1866)、豚屋火事(遊郭の西にあった豚肉料理屋鉄五郎宅から出火、遊女400人以上が焼死)とともに移転しました。


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<旧横浜船渠遺構>
散策会はまず、ランドマークタワーの足下、ドックヤードガーデン(旧横浜船渠遺構)から始まりました。写真は2号ドックの中、水を抜いてイベント会場にも使われています。3万5千個の安山岩を積み上げて造られたごつごつした内側が印象的です。
隣接した1号ドックには、水を張った状態で1930年建造の美しい大型練習船「日本丸」が係留されており、船渠開口部を塞ぐ「扉船」の役割も見てよく判ります。

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<汽車道>(臨港鉄道遺構:現在の山下臨港線プロムナード)
桜木町駅は明治5年(1872)、最初の鉄道開通時の「横浜ステンショ」だった所です。本来は線路をもっと先の関内・外人居留地近くまで敷設する予定でしたが、陸蒸気の火の粉を危険とする関内住民の反対が強く、ここまででストップとなりました。日本人・外人居留地の多くを焼失した慶応2年(1866)の大火(上述の豚屋火事)の記憶がまだ新しかった為もあったのかも知れません。

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<豚屋火事の後作られた象の鼻> <明治43年(1910)頃のイギリス波止場> <この日の象の鼻から大桟橋方向>

<象の鼻>赤レンガ倉庫から更に貨物線の軌跡をたどり、大桟橋の西南側のたもとまで来ると現在は遊覧船などがもやってある小さな船溜まりがあります。これが安政年間、砂浜に2本の突堤を作って、「英吉利西(イギリス)波止場」とも呼ばれ、横浜港発祥の地となった最初の埠頭です(最初の古地図参照)。慶応大火(豚屋火事)後、大きな船から貨物を上げ下ろしする「はしけ」を保護する為に、東側の突堤を弧を描くように西側に張り出させた事から、その形状により通称「象の鼻」と呼ばれるようになりました。

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<馬車道・本町通り>を見る。金融街の建築物として横浜正金銀行(現在の県立歴史博物館)

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<赤レンガ倉庫>
そして赤レンガ倉庫。当時の国営保税倉庫で、現在は横浜みなとみらい21地区の代表的な観光施設。丁度ドイツから丸ごと運んだクリスマスマーケットが賑やかに開かれて居ました。

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<大桟橋>
大桟橋へ向かって、杉林幹事の説明に耳を傾ける。大桟橋のウッドデッキで記念撮影。夕暮れる背景に横浜税関のクイーンの塔。

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<開港広場(安政条約調印の地)、開港資料館(旧英国領事館)>
尾崎幹事の解説を聞く。資料館から表に出ると日本大通りの銀杏並木。
そして山下公園へ。

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<山下公園>
公園の外れにある「インド水塔(水飲み場)」大正12年(1923)の関東大震災で被災した在住インド人救済に尽くした横浜市民への感謝を示し、同胞の慰霊のためにインド人協会が建立したもの。へえー!尾崎ガイドの説明があるまで誰も知らなかった。山下公園は震災のがれき置き場の上に作られ昭和5年(1930)開園したのでした。

氷川丸 小
<氷川丸>
昭和35年(1960)、30年間の第一線を退き横浜に係留された氷川丸。我が国3大豪華貨客船として1930年竣工の12,000トン級。姉妹船平安丸、比叡丸は戦争で失われ、戦前から現存する唯一の日本の貨客船となったのです。

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<明治23年(1890)開業   <8月31日ホテルを出るマ元帥>  <今も豪華で落ち着いた
   のグランドホテル新館>             ロビーにて歴史を思う参加者たち>
夕暮れ迫る山下公園に面したホテルニューグランドを訪れました。大正12年(1923)の関東大震災で倒壊したグランドホテル(明治6年1873年開業)の後継として「外人ホテル」建設を震災からの復興の象徴としようと、昭和2年(1927)に横浜の有力者たちが第3セクターで開業。豪華ホテルとして、皇族や英国王室の人々、チャップリン、ベーブルースなど数々の有名人が逗留。
戦後最初の有名な逗留者がマッカーサー元帥で、昭和20年(1945)8月30日厚木にコーンパイプをくわえて降り立ってすぐに「ホテルニューグランドへ」と言ったとか。戦前5回訪日して、ハネムーンでもこのホテルに泊まったほど気に入っていたとの事。進駐軍に7年間接収されたホテルで彼の滞在した(3泊だけ)315号室は「マッカーサーズスイート」(俗に「勝利の間」)と呼ばれています。

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<中華街>
待ちに待った中華街へ。それぞれの思いを語りながら飲み放題、食べ放題に話が弾みました。

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<中華街の中心 関帝廟前で>

参加者の言葉
「今日はお天気にも恵まれ、とても勉強になった、殊の外楽しい「地歴の会」でした。
尾崎さん、杉林さん解説とても良く分かりました!
横浜再発見の1日でした。
携帯の万歩計は16361歩。
久しぶりにこれほど沢山歩きました。
でも楽しくてあっという間でした!
尾崎さん、見田さん、杉林さん、皆さまに感謝です。
鶴田さんも三室さんも、これを機に年次の行事に参加してくださると良いですね! 岡本早苗」

次回は皆さんも是非ご参加下さい。
幹事 尾崎秀夫 見田元

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49ers通信 第4回地理歴史散策会のご案内

49ersメンバーの皆さん
第4回地理歴史散策会のご案内  
MM21.jpg DSC_0765.jpg IMG_4615.jpg 
今回は秋の横浜港湾地区を散策します
実施日   2018年11月28日(水)
行程概略  12:00 みなとみらい駅か桜木町駅集合。
 →ドックヤードガーデン(造船所遺構)→日本丸→汽車道(臨港鉄道遺構)
 →赤レンガ倉庫→横浜税関→神奈川県庁→象の鼻(横浜最古の埠頭)→大桟橋
 →山下公園→氷川丸→マリンタワー→中華街   *対象先は全て一例。
終了後は、希望者で、中華街での懇親会を予定していますが、会場候補としては   
廣東料理の「廣東飯店」辺りを考慮中です。

皆さま、奮ってご参加ください!!

早稲田49ersメンバー(全学部の昭和49年卒業生)とご家族、校友ならどなたでも参加可能。申し込み、問い合わせは以下の「コメントの投稿」に氏名、メールアドレスの他、タイトルに「地歴散策会」本文に「参加希望、氏名、卒業学部学科」を記入の上「非公開コメント」で送ってください。

幹事 尾崎 秀夫、見田 元
      
 ⬇️詳細以下の通り 決定!!

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kohyoi

Author:kohyoi
1974(昭和49)年次稲門会のページです。この年卒業した全ての同期生が仲間です。

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